青嶺閣(丹野七兵衛旅館)

青嶺閣物語⑥

 前回の「茶室」は「鶴の間」という名前があることがわかりました。

青嶺閣の全景写真を2枚入手いたしました。

よーく見ていると二枚の写真は違うタイミングで写されたようです。

写っている「人」が違います。

 先日青嶺閣29代当主の丹野正次さんがおいでになられたときに伺ってみたところ、二枚目の写真に見える屋上の人影の場所はなんと「バルコニー」だとの事;^^

 この時代にバルコニー!?

その後詳しくお話を聞けば、そのバルコニーは踊りを踊るいわゆる「舞台」であることがわかりました。

 しかもそれはそこの右側にあるお部屋の方々にご覧いただくために丹野七兵衛が制作したとのことで。。。。

 そして、その二階のお部屋というのが「鶴の間」。

お泊り頂いているのが、なんと「皇族」だったのです。

近くは高松宮殿下がご滞在なされたそうでその古文書も保管されておられるそうです。

 ということは、現、大正館の二階のかどにある茶室はその鶴の間ということになります。

 明治維新以後、明治館(神社)を曳まいしてまで残してきた大正館(青嶺閣)、老朽化もあり丹野一族にとっては財力のすべてをかけてでも守り続けていくことが青根温泉、ひいては皇族のご滞在場所を移設する「七生報国」だったのです。