明治維新が全てを替えた!?

青根温泉「大火」について

川崎町のホームページによると、明治39年(1906年)旅館2館、駐在所を含む5戸48棟を焼失とあります。

 現在の名号館にある古い写真には、名号館わきに「青嶺閣」を建立したのは大正時代となっておりますので、もしかするとこの「青根温泉 大火」にて本家である翠しょう館が焼失、再建のために本家火災現場跡地に「菁嶺閣」、そして火災によって一時的にも皇室をお迎えする「鶴の間、亀の間」を失った七兵衛はにどとこのようなことが起こらないように、本体である「菁嶺閣」を建立し、建立してまだ30年程しか経たない、七三郎に名号館の移設と、「菁嶺閣」(ミラーサイト)の建立を命じたのかもしれません。そう考えると時系列的にもすべてがあってきます。

 もし、それが事実だとすれば丹野七兵衛は、わたくしの想像をはるかに超えた歴史を抱えるお方なのかもしれません。敬意。