明治維新が全てを替えた!?

廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)

 明治維新のピリオドを打つのは明治四年の廃藩置県

 明治維新に関して調べておりましたら、廃仏毀釈というあまり聞きなれない言葉に出会いました。菊池 寛さん著書の「大衆明治史」という書籍によれば、復古大号令という明治政府の最初の命令が「廃仏毀釈」で、平たく言えば仏寺の取毀し運動なのだそうです;^^なぬって感じですね。

 中世以降の日本では、「本地垂迹」(ほんじすいじゃく)の説などが唱えられてから、神と仏がいつの間にか混ざりその本体が分からなくなったものは沢山に有った様なのです。(例えば八幡菩薩みたいな感じ;^^)

 ☆本地垂迹(ほんじすいじゃく)とは、仏教が興隆した時代に発生した神仏習合思想の一つで、神道の八百万の神々は、実は様々な菩薩天部なども含む)が化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)であるとする考えである。ウィキペディアより

 当時の神祇官は「神々を上代の純な姿に於いて、国民の崇拝の中心にしなくてはならぬと云うので、神仏の分離に力を尽くし、僧形などと称するものを辞めさせ、仏像を神体とするものの撤去に努めた」とのことでした。ちなみにこの書籍は敗戦後GHQによって焚書されたものの復刻書籍との事です。。